ケベックの言語

ケベックの歴史とフランス語憲章

現在の約760万の人口のうち、17、18世紀のフランスからの入植者の子孫であるフランス系は600万人、ケベックで英語が母国語である人々は英国系とその他の民族の移民を合わせた59万人で、その殆どがモントリオール近郊に住んでいます。

ケベックの人口には60万人の移民が含まれていて、イタリア系と東欧系が、昔から大勢ケベックに移住してきましたが、1960年以降はポルトガル、ハイチ、レバノン、南米、東南アジアからの移民が増えていきました。

現在でも世界の100以上の国から毎年約2万5,000人が、ケベックに移住しています。その他モホーク、クリー、モンタネ、アルゴンキン、アティカメク、ミクマック、ヒューロン、アベナキ、ナスカピ族とメティス、イヌイットといった先住民族が72,430人住んでいます。

フランス領からイギリス領になった経緯により、18世紀までは純粋なフランス語を話していましたが、徐々にカナダ固有の語法が見出されるようになり、19世紀初期からは英語的な語法をフランス語に取り入れるようになりました。

そのため発音や綴りなどがフランス本土とは違うという指摘が多く出て、1880年に「カナダのフランス語語彙州ならびにカナダで使用される誤用の語句集」という辞典や、1896年には「フランス語に対する我々の誤用辞典」などが出版されました。

1960年の静かな革命以降は、それまでの保守的封建的社会から広い意味での社会主義にかわりケベックのフランス語は他の諸地方のフランス語と同様に一つの地理的バリエーションであるとの認識が広まって、フランス語の質と地位の向上のために積極的に国家へ援助を求めていくようになりました。

1961年の国語審議会(フランス語の質の向上を目的とする)の設立、1964年の地理委員会(ケベックの地名のフランス語化を目的とする)の設立、1969年「国民連合党」政権下の「ケベック州におけるフランス語推進のための法」、1963年設立されたジャンドロン委員会の提言により1974年自由党が制定した「公用語法」を制定を経て、1977年ケベック党政権によるフランス語憲章(101号法)が制定されました。


フランス語憲章

1.    立法・行政・司法の公的権力に属する分野(訴訟の手続きや弁論、判決など)はフランス語でなされること

2.    学校教育分野(州政府の管轄である義務教育段階)ではすべての子供はフランス語系の学校に入学すること

3.    商業・工業などの経済分野では使用説明書などはフランス語で書かれなければならない

4.    労働分野では使用者と従業員のあいだで使用される言語あるいは企業内部で使用される言語をフランス語に規定する


など、あらゆる分野においてフランス語が優先的に使用されることを規定しました。
ただ、いくつかの例外を設け、教育分野では親がケベック州内で英語で教育を受けてきた場合、その子供たちは英語系の学校で教育を受けることができるとされました。



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