経済自立戦略

1960年以降は、教育や行政、社会政策など様々な分野の近代化と合理化が進められていきましたが、この改革の最大の課題はフランス系住民の経済力がイギリス系住民の経済力に比べて格段に劣るという問題とケベック州自体の経済基盤がカナダの主要州と比較して脆弱だという問題でした。

この解決をめざして、社会民主主義と民族主義をもとにした経済自立戦略が打ち立てられ、 1962年、民間水力発電会社を買収しイドロケベックが誕生しました。

このイドロケベックはケベック経済の中心、産業計画の要となり、ケベックの向上に計り知れない貢献をしています。その後ケベック州の公的セクターは拡大し、鉱山開発や石油、森林、鉄鋼の各部門の公社、金融投資公社や貯蓄投資公庫などが設立されました。これと同時に北方地域やモントリオール周辺での産業創出活動が活発化し、宇宙航空関連や情報、エレクトロニクスを中心とした先端部門での独自技術の開発も目覚ましいものがありました。

イドロ・ケベック
イドロ・ケベックはケベック経済の発展に大きくかかわってきました。その効果は、まず第一に電力供給の面での水力発電によるクリーンエネルギーの供給と電力コストの削減効果、第二には電力の輸出の面での経済効果、第三には水力発電に伴って発達したさまざまな技術は研究のノウハウの蓄積などが挙げられます。

ケベック貯蓄投資公庫(ケス・デポ)
ケス・デポは従来の金融機関とは異なり、資金は主としてケベック州民が払い込む年金及び公共保険をもととしています。ケス・デポを設立するにあたり、ケベック独自の年金計画を導入する必要性を訴え、オタワ連邦政府とケベック州政府との間でその可否をめぐって激しい駆け引きが繰り広げられました。そして当時の連邦首相のレスター・ピアソンの認可により、1965年にケス・デポ設置法ができたのです。
このケス・デポは州の中央銀行の役割を担うとともに、債券投資や株式 投資などを行いケベックの経済発展の一翼を担っています。
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