民族的自立

1976年のケベック党政権誕生のもと、連邦の規定に反してフランス語単一公用語化政策がすすめられ、フランス語憲章通称101法が可決されました。

その内容は
①    新規移民の子弟に対するフランス語教育の義務化
②    50人以上の企業における職場でのフランス語化
③    広告、看板、標識、企業名のフランス語儀表記の義務化
という厳しい内容でした。

woman.jpgこれまで職場において英語はボスの言葉、フランス語は労働者の言葉とされ、
企業内の言葉は英語に限られていました。

しかしこの強引なフランス語化政策は当時のビックビジネスの拠点をケベックからオンタリオに移す原因となってしまいました。

例えばモントリオール銀行は本社を残したもののコンピュータセンターと高層ビルとをトロントに建て、その他テキシコ・カナダ、サン・ライフなどの30余りのカナダを代表する歴史の古い大企業がケベック州を離れることになりました。

その後1985年12月の州選挙においてケベック党政権に代わり自由党政権が誕生し、
このフランス語公用語化措置は一部自由化され、現在に至っています。


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